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共感が地域に拡がり、未来への懸け橋に ~すみだ北斎美術館の実例から学ぶ

2016(H28)年のいい夫婦の日(11/22)にオープンした すみだ北斎美術館は、2019(H31)年2月26日に60万人を突破する来場者を集め、観光の拠点としてだけでなく、文化振興や教育への活用など多方面に連携が広がっている。

またここは、東京都内における「ふるさと納税の成功事例」としても、関係者に広く知られている。当社は、2014(H26)年春から墨田区の依頼に応じて、美術館建設のための寄付キャンペーンに参画した。当時の墨田区・北斎美術館開設担当を務めた鹿島田和宏氏のコメントを当社ホームページにも掲載させていただいている。
https://fundrex.co.jp/solution/

こうした経過から、同様の案件についての相談を数多くいただいており、また今月(2019年7月)だけでも北斎美術館ファンドレイジング関係の講演だけで3件も担当させていただいたことから、本稿でもポイントを紹介する。

この美術館は何が違うと一言でいえば、公立の美術館でありながら「みんなで建てた」美術館である点だ。

長年の塩漬けから紆余曲折した美術館計画

施設建設等の寄付募集を「キャピタルキャンペーン」と呼ぶが、目標額の資金調達の方法はもとより、そのコンセプトや寄付の仕方、「メニュー」と私たちが呼ぶ「寄付の」商品設計、それらを推進する体制や世の中にアピールする広報、体感するキャンペーン企画などから構成されている戦略が軸になっている。寄付の働きかけがうまくいって多くの人々が参画している状態が生み出させれると、開館後もそれは来場者の増加に繋がり、みんなで取り組んだ活動もさらに派生して拡がっていく。

しかしながら、現実の建築計画は紆余曲折を極めた。歴史をさかのぼると1989(平成元)年に北斎生誕の地である墨田区で「北斎館(仮称)」建設計画の構想が立ち上がり、その後、欧米における最高・最大の北斎収集で知られる「ピーター・モース」のコレクション(約600点)を取得、さらに日本浮世絵協会初代理事長の樽崎宗重博士所蔵のコレクション(約400点)の寄贈を受けるなど北斎の作品は集まっていったが、披露するところがなかなか整わず、構想はいったん凍結になってしまった。

しかしながら2006(H18)年に東京スカイツリーの建設地が墨田区に決定すると区内での観光という面からもクローズアップ。2009(H21)年に「すみだ北斎美術館」の名称も決定したが、建設予定地が二転三転。2011(H23)年には東日本大震災によって、世界的な建築家で金沢21世紀美術館によって建築界のノーベル賞といわれるプリッカー賞を受賞している妹島和世(せじまかずよ)氏の北斎館設計も文化庁との協議によってレイアウトの変更が求められた。それも対応して、いよいよ建設に取り掛かろうとすると、こんどは東日本大震災の復興によって日本中の資材と職人がみんな東北に行ってしまい、建設費の高騰を招き、何度も入札不調となった。建物と周辺施設の費用が当初予算の3倍以上に及ぶことも判ってきたため、区長へ責任を問う議会は「血税だけを投入するのではなく、広く寄付を募りなさい」とつきつけたのだった。その額はなんと「5億円」。

ファンドレイジングの戦略作りの実際

私たちファンドレックスが相談を受けたのはちょうどその頃であった。しかも2014(H26)年6月議会に間に合うように、寄付集めのマスタープラン案をつくらねばならないという時間的制約の中でのスタートとなった。ファンドレックスでは2008(H20)年の創業以来、250を超える組織団体のコンサルティングを手掛けてきているが、私たちの仕事の進め方を知っていただくためにも、ファンドレイジング戦略設計の手順について紹介したい。

まずは「組織診断」。活用できる資源はどんなものがあるか、体制は適切か、目標が実現できるとどんな効果や価値が生まれるか、過去の寄付実績や傾向は、関係者との関係性は、などいくつもの観点から調査したり、職員や学芸員、観光協会、地域の核になる方々、地域住民などにお話を伺っていく。また各種資料のご提供をうけ、私たちなりの視点で解析を重ね、現況と傾向をつかみ、そこから課題点を浮き彫りにしながら、改善や解決の方向性を探っていった。

並行して、類似や他の分野での成功事例を調査して、成功要因を探り出す。良いベンチマークの取り込みは事業立ち上げに於いては主要なアプローチである。ここまでがまず最初の段階だ。ただ、現状把握の延長線上にある解決策だけではうまくいかないことが多いので、ここに大胆な発想が必要となってくる。場合によっては、別の業界での事例や取り組みにヒントを得ることもある。こうして新しいアイデアと調べ上げた現状の課題解決をうまく組み合わせて発想し、戦略骨子を創り上げていく。解決の方向性が決まればそれらを膨らませて実行のために具体的なプランの設計にとりかかる作業に入る。これが次の段階に当たる。

事業立ち上げに於いては、何を先に取り組み、どこから取り掛かっていくかは、いくつもの要因が解決するなど効果的な手順や効果を見極めて優先順位をつけていくことも計画段階では大切だ。これらのファンドレイジング戦略を設計に至るまでの進め方は、組織団体で自ら戦略立案する際にも有効な手順・手立てとなる。ただし、外部の人間が入り精査することで、前例にとらわれず豊富な他事例を活用して推し進めるからこそ、内部の人間だけで進めるよりも納得と深い理解が得られ、結果的に効果が最大化することも多い

地域の意識醸成がキーポイント

すみだ北斎美術館のヒアリングを進めていって気づいたのは、長い間かかっていた計画であるため地元住民の間では最初は賛成であったが反対にならざるを得なくなっていたり、例えば美術館よりも、もっと待機児童の解消などを進めてほしいなどの意見があることがわかった。単に金額を達成さえすればよいだけでなく、こうした地域の意識や機運を醸成することがこの寄付キャンペーンを進めていく上で重要なポイントであると認識した。そこで、寄付呼びかけを前面に押し出していくというよりは、様々な参加の仕方を示して「みんなで参画できるように」考慮することとした。そのひとつが魅力的な「寄付メニュー(支援メニュー)」の充実。個人向け(ふるさと納税、一日北斎、絵画トラストオーナーなど)、法人向け(共同創設者やネーミングライツなど)を複数の選択肢を用意した。現在でもそのいくつかは常設のメニューとなっている
すみだ北斎美術館寄付メニュー

「ハコモノの美術館を用意したが予算が足らないので寄付してください」と呼びかけても共感してくれる人は少ない。しかしながら「世界の北斎」を題材に、自分たちのアイデアを工夫すればいろんな可能性が実現できるのだということがわかればどんどんアイデアが発展して、前向きの気持ちが進むのではないかという想いから「北斎×○○」のアイデアコンテストやイベントを企画提案した。これも多くの人々に参画してもらう機会の提供であった。
こうした提案はいくつもが採用されて、特に「北斎×○○」は今でも「皆さんとともに成長し続ける美術館」というメッセージと共に、数多くのコラボを創り出してきている。誰かが取り組んでいることに触発されて自分もこうしたアイデアでコラボできるのではと取り組み、企業もタイアップ企画で盛り上げていく。こうして美術館開設担当だけでなく、地域のあちこちで北斎を取り上げる人が出てきて、ムードが高まっていった。参画のひとつの方法として寄付に応じる人も増えていった。結果的には、開館の一カ月前にあたる2016(H28)年10月には目標額5億円を突破、その後、開館してからも基金は集まり続けて、ランニングの運営費もまかなうことに繋がっている。

また事前の働きかけは、開館後の入場者数に繋がると予測していた通り、開館後5カ月(2017年4月)で一年間の入場者目標であった20万人を突破。その後も増え続け、5カ月(2017年9月)で30万人、その後4カ月(2018年1月)で40万人、その6カ月後(2018年7月)で50万人、その8カ月後(2019年2月)で60万人と順調な伸びを示している。これらは、様々な関わり方を設けて、参画してもらうことで「自分事」にして考える人が増え、そこから周囲に発信したり、働きかけているからこそ、実現できた、まさにみんなで創ってきたのだと思う。

市井の暮らしを浮世絵にした北斎は世界を驚愕させた

米タイム誌が1998年選んだ「この1000年で最も世界に影響を与えた100人」に日本人として唯一(86位)選ばれている葛飾北斎。彼の作品、特に輸出用陶磁の包み紙に使われていた北斎漫画が海外で高く評価され、ドガやゴッホなどの印象派をはじめ、音楽、工芸などに強い影響を与え、ジャポニズムブームが巻き起こるなど、その表現は世界を驚愕させた。しかも代表作の富嶽三十六景を70代になってから描くなど、当時としてはかなりの長寿である90歳まで画業にあくなき探究心で挑んでいったその姿は、今なお現在アーティストをインスパイアさせる存在でもある。

そして北斎は、いつも市井の人々に目を向ける庶民のヒーローでもあった。そんな人柄に、江戸の手仕事、その職人が数多く残る墨田区であったからこそ、その姿と重なって、北斎を親しみ、敬い、みんなの思いが積み重なって、今も生み出し続けている価値、北斎が生まれ育った区の魅力に気づいたことが、みんなで美術館をつくりあげた原動力になったのだ。「自分事」にしている人が多いからこそ、そこに共感する人々が惹き付けられて、共感が共振を呼び、加速度的に地域の枠を超えて拡がっていった。ファンドレイジングは単なるお金集めだけでは決してなく、またそれだけに留まっていては失敗する。資金調達だけでない新しい価値を生む、社会に大いなる変化をもたらせる可能性を秘めたものだと改めて感じさせるものであった。
みんなでもたらせた成果、これがすみだ北斎美術館が最もうまくいった要因であるといえる。

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