コミュニケーション
行動経済学✕ファンドレイジング―1.超入門
行動経済学って、知っていますか?
「行動経済学」という言葉を聞かれたことはあるでしょうか。
2017年のノーベル経済学賞は、米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が授賞されましたが、このセイラー教授の専門分野こそ「行動経済学」。行動経済学は、2002年と2013年にもノーベル経済学賞の対象となっており、注目度の高さが伺えます。
行動経済学をWEBで調べると、こんな説明が出てきます。
”行動経済学とは、経済学の数学モデルに心理学的に観察された事実を取り入れていく研究手法である。”(『ウィキペディア(Wikipedia)』行動経済学)
”行動経済学は、経済学と心理学が融合した経済学の新領域であり、2002年にノーベル経済学賞を受賞した心理学者のカーネマンKahneman,D.、同じく心理学者のトベルスキーTversky,A.、そして経済学者のセイラーThaler,R.H.らによって創設された。行動経済学は、直感・感情に頼って判断・決定を行ない、ささいな情報に振り回される合理的とはいえない人びとが、どのような経済行動をし、その結果、市場で何が起こり、資源配分や所得分配、そして人びとの幸福や満足にどのような影響が及ぼされるのかを追究する。”(『コトバンク』最新 心理学事典の解説)
すごく簡単に言うなら、経済学では人間が合理的な存在であることを前提としてきたわけですが、実際の人間は割と不合理なことばかりやっているもので、じゃあ「不合理な存在」としての人間―(例えばモノを買ったり/買わなかったりする)経済的な行動をする時、合理性よりも「気持ち」や「思い込み」を優先してしまう存在であること―を前提に、経済を考えてみようとする学問。という感じでしょうか。
どうして、ファンドレイジングに行動経済学なのか?
昨年5月のAFP国際カンファレンス(*1)に参加した時、ファンドレイジングやマーケティングに関するセッションでは、戦略や具体的な施策を考える際の裏付けとして、実績値(自団体や他団体の過去の施策結果)だけでなく、行動経済学や心理学のセオリーが当たり前に使われていました。ファンドレイジングの文脈で行動経済学の話を耳にする機会はそれまでにも幾度かありましたが、この時ほど実践的な話を聞けたのは初めてでした。
通常の購買行動よりも、寄付は「心を動かす」ことがとても重要になります。これは、ファンドレイジングに関わっている方であれば、意識されている方も多いことと思います。では、人はどんな時に、どんなふうに「心が動く」のでしょう。A/Bテストの結果やペルソナ分析などによって、自団体のマーケティング実績からでもある程度の傾向を見ることはできるかもしれません。しかし、やはり十分に知ることは難しい…。そこで使えるのが、行動経済学です。
ここでは、行動経済学のイメージを掴んでいただくために、有名なセオリーを3つご紹介します。
1.アンカリング効果
直前に目にした数字によって、心にアンカー(錨)を降ろされてしまい、次の数字の捉え方が変わってしまうという効果。
例えば、値引き前の金額をあえて見せるという使い方があります。
「値引後価格 9,000円」とだけ書かれているよりも、「定価値15,000円 今なら40%値引き 9,000円」と書かれている方が、お得に感じませんか?これは、引き前の数字(15,000円)につられて、現在の価格(9,000円)がとても安いように思えてしまうから。
寄付をお願いするときは、高い金額から順に提示した方が、低い金額から順に提示する場合よりも寄付の単価が上がると言うのも、アンカリング効果です。
しかもこの「直前に目にした数字」というのは、必ずしも同じ種類の数字でなくても良いようで、寄付フォームの、金額の入力枠の上に郵便番号の入力枠を置いた場合、郵便番号の数字が大きい寄付者の寄付単価が高くなったという事例もあります。
5万円、3万円、1万円の様に、選択肢を3つ用意すると真ん中の選択肢が選ばれやすいというセオリーは、「極端の回避性」という心理が働くためですが、他の選択肢によって予算を超えたプランを選んでしまった場合は、アンカリング効果の影響も受けていると言えます。
2. フレーミング効果
同じ内容でも、表現のされかたによって意識のフレーム(枠組み)が固定され、捉え方が変わってしまうという効果です。
例えば、あなたが手術を受けるとして、「80%の成功率ですよ」と言われる場合と、「20%の確立で失敗します」と言われる場合。同じことを言われているのに、「80%の成功率」の方が、安心しませんか?
フレーミング効果を使うなら、1年間で12,000円の寄付よりも、月に1,000円、1日に35円の寄付と説明した方が、寄付をしやすくなる、ということになりますね。
3. 選択のパラドックス
選択肢は多い方が自由度が増して良いことのようにも思えますが、実際には選択肢が多いほど、選ぶことが難しくなり、さらに選択した結果に対する満足度が下がってしまうと言われています。これが、選択のパラドックスです。
コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が行った、有名なジャムの実験をご紹介しましょう。
この実験では、スーパーマーケットに2つのブースを用意し、片方には24種類のジャムを、もう片方には6種類のジャムを並べて買い物客の行動を調べました(並べるジャムは数時間ごとに入れ替えています)。その結果、どちらのブースも試食した人数はほぼ同じだったにも関わらず、購入率は、24種類の方は3%、6種類の方は30%と、10倍もの違いが出たのです。
ファンドレイジングでは、幅広い方に多様な関わりをしてもらえるよう、メニューの多様化も必要です。しかし、選択肢をたくさん提示しすぎて、寄付者を困らせてしまっては本末転倒ですよね。そんなことにないように、選択肢に優先度をつけて表示する、寄付者によって提示するメニュー変えるなどの工夫も重要です。
行動経済学✕ファンドレイジングの超入門、いかがでしたか?私も勉強中ですので、今後も少しずつ記事を追加していきたいと思います。
ファンドレイジング日本2019(*2)でも「行動経済学を使ったファンドレイジング」をテーマに登壇しますので。ご関心のある方は、是非会場にお越しください。
*1 AFP国際カンファレンス(AFP International Conference on Fundraising)
毎年春に開催される、米AFP(Association of Fundraising Professionals)主催の、ファンドレイジングの国際カンファレンス。開催は2019年で56回目。毎年世界中から4,000人以上の参加者が集うまさにファンドレイジングの一大イベント。
著者は過去、2014年(in サンアントニオ)、2016(in ボストン)、2018年(in ニューオリンズ)の3回のカンファレンスに参加している。
*2 ファンドレイジング日本 営利・非営利の枠を超えて、社会を変える挑戦を続ける人たち総勢1500名が一堂に会する2日間のカンファレンス。2019年の開催は9月14-15日。イベントの詳細・参加のお申込みはこちら。